First Color



廊下を、数人のにぎやかな女子学生と一緒に、歩いてくる青年。
 色彩心理学の専任講師保本陽月(やすもと ひづき)だ。
 28歳という若さと、柔らかなルックスで、学生、特に女子学生の人気が高い。
 子雀の囀りみたいな彼女たちのおしゃべりをまとわりつかせて歩いていた陽月は、前から歩いて来た一人の女子学生に視線をむけた。
 彼女は狭い廊下いっぱいに歩く集団をよけるように体を壁に寄せ、軽く陽月に頭を下げる。
「椿(つばき)さん、例の資料作成、今日の4時からお願いできるかな」
「わかりました」
 眼鏡をかけて面白くなさそうな顔をした椿万葉(かずは)は、短く答えて行きすぎた。

 万葉は大学院のマスター(修士)課程。所属ゼミは違うが、出来のいい彼女を「助手に」と彼女の教授が推薦して、陽月の仕事を手伝ってくれている。
 本棚が空間を圧迫した狭い講師研究室。収まりきらない本が机の上に積み上げられている中で、陽月はパソコンとにらめっこし、万葉は資料のチェックをしていた。
「すみませんねぇ、いつも手伝って貰って」
「いいえ、先生のお手伝いをするのも、勉強になりますから」
 彼女はいつも、つまらない受け答えしかしない。どうやら陽月はあまり好かれていないらしいのだ。
 何か嫌われることをしたか?……陽月には思い当たるフシはない。まかりなりにも心理学などと言う学問の端っこに住んでいるにしては、情けない話だ。
 陽月としては、彼女ともう少し、個人的にお近づきになってみたいのだが……。
 メタルブルーマイカの冷たい印象を与えるメガネに、艶のある黒髪を一筋の乱れもなく纏めたヘアスタイル。化粧もほんの僅か、身だしなみ程度にしている万葉は、「野暮ったい」という形容詞で片づけられてしまう、今時珍しい女性だ。
 だけど陽月は、彼女は綺麗だと思う。その髪を解いて、メガネを外したら……いや、今のままでも十分、どんな女性より綺麗だ。
 周りは、そのおきまりの優等生パターンなルックスに騙されてる。
 まぁ、周りがそう思ってくれているというのは、陽月には有り難い。彼女の魅力に他の男が気づかないと言うことは。
 だけど、陽月はこんなに惹かれている彼女に、近づくことが出来ない。なぜなら……。
 コンコン
 ドアがノックされて、一人の学生が顔を出した。同じくマスター課程の戸田勇二(とだ ゆうじ)だ。
「失礼しまーす。……万葉、やっぱりここだった」
 にこり、と笑って、勇二は大きな体を講師室へ滑り込ませた。
「メールしても返事ないから、多分ここだと思って」
「いつも手伝いに引っ張り回して、申し訳ないね」
 陽月が言うと、勇二は人なつこい笑顔を向けた。
「いえいえ」
「椿さん、今日はもういいよ。ありがとう」
「……わかりました」
 万葉はきちんと資料を揃えると、陽月に差し出した。
「じゃあ失礼します」
「お疲れさまでした」
「お邪魔しましたー」
 二人が出ていくと、陽月は思わずため息をついた。
 陽月が万葉に近づけない理由。それは勇二だ。
 勇二は万葉の恋人。そんな立場の男性がいる状態で、どんな理由にしろ、他の男が自分に近づくのを警戒しない万葉じゃない。
 それが分かっているから、陽月は彼女に近づかない。

 勇二は、今出てきたドアを振り返って、それから万葉を見下ろした。
「保本先生、相変わらず万葉をこき使うなぁ」
「池田先生にお願いされてるから……」
「にしても、あの人と二人きりでいるのって、あまりいい感じしない」
 前にも聞いた言葉に、万葉は少し口元を歪めて笑った。
「先生の仕事手伝ってるだけよ」
「分かってるけどさ。あの人、女の子に人気あるし、結構遊んでるって言われてるし。万葉も気を付けろってこと」
「分かってる」
 勇二とは大学からのつき合いだが、付き合いだしたのは院生になってからだ。勇二から告白された。色々と万葉の周りの交友関係に干渉してくるのと、彼のペースで事を進める以外は、まぁ特に問題のない彼氏だと思う。
 ただ万葉は、自分が彼を好きなのかどうか、気持ちがあやふやだったけど。

 院生である万葉が大学のゼミに出席するのは、指導教授の補佐と後輩達の卒論アドバイスのためだ。
「椿センパイ、今日の5限目、お願いできますか?」
 ゼミが終わって帰ろうとした万葉を、後輩が呼び止めた。
「あっと……ごめんなさい。今日はお昼から保本先生に呼ばれて……いつ終わるか分からないから」
「そっかー」
「センパイいいなぁ。いつも保本先生に呼ばれて。あたしも先生のお役に立ちたーいっ」
「バッカねぇ、あたしたちに出来るわけないでしょ」
「そうそう、椿センパイくらい頭が良くなかったら、無理無理」
 頭が良くなければ彼の傍に万葉がいる理由はない、と取れるのは、微かなひがみだろうか。
(まぁ実際そうなんだけどね……)
「じゃあセンパイ、来週の火曜日、お昼からどうですか?」
「いいわよ。研究室で待ってるわね」
「あ、じゃああたしもその時お願いしますー」
「あたしもー」
 後輩達との約束を携帯のスケジュールに打ち込んで、万葉は講義室を出た。

 陽月は万葉が自分を嫌ってると思っているが、実は万葉は彼が苦手なだけだった。
 勇二が言ったように、彼が遊んでるとか女性関係が派手だとかは思わない。実際、陽月はとても誠実で真面目な人だと感じるし、親しみやすい人なのも認める。
 ただ……彼が怖い。
 柔らかな物腰で、柔らかな笑顔で、だけど、万葉を見つめるまっすぐな瞳が、怖かった。
 何が?と言われると万葉も困ってしまうのだが……。
「椿さん、そこの棚のカラーチャート取ってくれる?」
 陽月に言われて、椿は分厚いファイルを手にした。「心象をよくするカラー選び」と書いてある表紙に、ちょっと目を眇める。
「今度、就職活動の説明会で、就活時の色選びについてレクチャーして欲しい、って言われてね」
 そんな彼女の態度に気づいて、陽月は苦笑いした。
「そういうのも、就職活動に取り入れるようになったんですね」
「そうだね」
 ファイルを受け取って、陽月はちょっと万葉を見つめた。
「椿さんは、あまり明るい色の服が好きじゃない?」
「え?」
「いつもシックに纏めてるから」
「あ……あまりおしゃれに熱心じゃないだけです」
 それは本当だった。子供の頃から地味に生きてきて、あまりおしゃれや外見にこだわりを持ってない。化粧品だって、友達が買いに行く時についていって選んで貰うくらいで。
 冷たい印象を与えるメタルブルーマイカのメガネも、ひっつめに纏めた髪型も、モノトーン調が多い服も、別に誰に言われた訳じゃない。ただ万葉が、それ以外を知らないだけのことで。
「もったいないなぁ」
 陽月が呟いて、万葉は彼を見た。
「オレンジとか着たら、映えると思うんだよね、椿さんは」
「オレンジ、ですか……?」
 手にしたこともない色の名前に、戸惑いが隠せない。
「椿さんは肌が白いから。そういう色が似合うよ。魅力を最大限に引き出せる」
 にこり、と笑った陽月に反して、万葉は僅かに眉をひそめて、手にした書類に視線を落とした。
「……変わらないですよ、何着ても。あたしなんかは」
 ふ、とため息のような息が聞こえた。
「まぁ……他の男が注目するのも、困るけど」
 聞かなかったことにするには大きな呟きに、万葉は顔を上げることが出来なくなってしまった。

 身体にまといつく、この心地よい熱は、何なんだろう……?

 時計を見た陽月が、音を立ててファイルを閉じた。
「今日はこのくらいにしようか」
「はい」
 やっと解放される……万葉はほっとして、書類を片づけた。
「いつも手伝って貰ってるお礼に、夕飯でもどう?」
「え……いえ、今日は……」
 今日は金曜日だから、勇二の部屋に行くことになっている。用事があれば彼から連絡があるだろうが、特に何も言われていないし……。
「じゃあ、また今度」
 さして気にするでもなく、陽月はそう流した。
 講師研究室を出て、人気のない廊下を歩く。5限目が終わって少し時間が過ぎてるから、キャンパスに残ってる学生もそういないだろう。
 そう思いながら歩いていると、ふと、賑やかな声が曲がり角の向こうから聞こえた。
「勇二〜、明日の飲み会どうするよ?」
「あー行く行くー」
 万葉と陽月は、思わず足をとめた。
「土曜なのに、椿とデートしないのか?」
「バイトっていっとけばいいよ。あいつから連絡してくることねーし」
「出来た彼女だよなぁ」
「つかお前、やりたい放題じゃん。椿サンに内緒でコンパ行って、その度に持ち帰りだろ。彼女知ったら怒るぜ?」
「怒らねーよ、万葉は」
 笑いながら勇二が言う。
「文句言ったら、別れるだけだ」
「呆れたやつー」
「大人しくて俺の言うことに逆らわないから、彼女なんじゃん。メシうまいし、掃除や洗濯パキパキしてるし、意外にスタイルいいし」
「意外にってなんだよ」
 笑い声が続く。陽月はかっとなって、思わず彼等の前に飛び出しそうになった。その腕を、万葉が引っ張る。
「椿さん……」
 黙って首を横に振って、彼女は何でもないように角を曲がった。
「戸田くん」
「っあっ、万葉っ」
 今までネタにしていた相手が現れて、勇二たちは気まずそうに黙った。
「今日、ちょっと用事出来たから、部屋に行かない」
「あ……うん、分かった……」
「それから……」
 万葉は鞄のポケットから何かを出した。
「これは返す」
 勇二の手のひらに乗せられたのは、鈍く光る鍵だった。
「それじゃ、コンパ楽しんできてね」
「ちょっ……万葉っ?!」
 勇二の声に、万葉はもう振り返らなかった。

 外はもう暗かった。
 はぁ、と万葉の口から白い息が漏れる。
「椿さん、あの……」
「気にしないでください。あたしも気にしてませんから」
 彼女の口調は、いつもと変わらなかった。
「あたし、そんなに彼のこと一所懸命好きじゃなかったですし。いろいろ口うるさいから、干渉されないように、黙って言うこと聞いてただけで。言うほど都合のいい女だったわけじゃないんです」
 陽月は黙って聞いていた。
「……だから、こうなって却ってすっきりしたくらいで。あたしも大概かも知れませんね」
 少し笑いを含んだような声。だけど。
「……じゃあなんで、そんな泣きそうな顔してるんだ?」
 陽月は万葉の頬に手をあてた。万葉は目を見開いて、まっすぐ自分を見つめる陽月を見た。
「なんでもないって顔じゃない」
「…………っ」
 俯こうとする彼女を、陽月はぎゅ、と抱きしめた。
「泣きたいときは、泣けばいい。じゃないと、心が可哀相だ」
 その言葉に、固かった万葉の体から僅かに力が抜けた。
「やっぱり……ちょっと悔しい、かも」
 空気を震わす呼吸は、しばらく続いた。

 万葉は自分を包むぬくもりに、置かれた状況を思い出した。
「すっ、すみませんっ」
 慌てて、陽月から離れる。
「もういいのか?」
 顔を覗き込まれて、反射的に逸らす。涙で顔はぐちゃぐちゃだし、今抱きしめてくれてた人の顔を直視できなくて。
「……この機に乗じてってのは、卑怯だと思うんだけど」
 陽月が言った。
「今夜は一人で帰らせたくない」
「……え?」
「ていうか、一人で帰ってほしくないんだけど」
 陽月はもう一度、万葉の頬に手を触れた。触れたところから、自分の偽りない気持ちが伝わるようにと。
「椿さん、好きだ」
 万葉は目を瞠った。
「好きだよ」
 真剣な瞳に覗き込まれて、万葉は何故今まで彼を避けて来たか、理解した。
 彼の目を見つめるのが怖かったのだ。そこに映し出された自分が、彼に惹かれてしまっているのを認めることが。
 彼に完全に捕らえられてしまうことが、怖かった。
 だけど、もう万葉はその澄んだ瞳の奥を見てしまったから。
 彼の瞳に捕らえられてしまったから。
 もう嘘は付けない。
「……今夜は一緒にいさせてくれないか。君が大丈夫だって言っても、僕が不安だ」
 彼女がひとりで泣いてないか……。
 万葉は吐き出した息と共に体の力を抜いた。
「今夜だけじゃなくて、この先も望んだら、一緒にいてくれますか?」
「え?」
「あたしも、先生が好きです」
 自然と零れた笑顔に、陽月は見とれた。

 部屋に入るとすぐ、陽月は万葉を抱きしめた。
「っせんせっ……」
 言いかけた口唇を塞がれた。
 抱きしめる腕も口唇も熱くて、いつもの柔らかな彼からは想像もつかないくらいだ。ダイレクトに彼の気持ちを伝えるようなその熱に、万葉はただ包まれた。
 やっと口唇を開放して、陽月は万葉の瞳が潤んでいるのを見つけた。
「椿さん……?」
「あ……すみません」
 万葉ははっとして、違うんです、と首を振った。
「……先生が、初めてだったらよかったって、思って」
 陽月はちょっと目を瞠った。
「キスも、抱きしめてくれるのも……先生が最初ならよかった」
「初めてだよ」
 もう一度、万葉にキスをして、陽月は言った。
「僕が君に触れるのもキスするのも、今日が初めてだから……前の事が嫌なら、リセットしてしまえばいい」
 それが無理なら、せめて、万葉の中の勇二の存在だけでも、消してしまえたら。
 陽月の言葉に、万葉は微笑んだ。
「じゃあ、今のがファーストキス……?」
「そう」
 陽月も微笑む。
 何度も何度も、優しいキスをして繰り返し浴びせた。彼女がその中に溺れてしまうくらい、何度も。
「椿さん……万葉」
 名前を呼ばれて、万葉はどきん、とした。
「万葉」
「は……い」
「好きだよ。……愛してる」
 万葉は、また涙腺が膨らみそうになるのを、感じた。

 白い肌は、誰も触れてない雪のようだ。口づけたら溶けてしまいそうなくらい。
 だけど、触れずにはいられない誘惑に満ちていて。
 陽月はそっと指先と口唇を滑らせた。
「……っぁっ」
 ぴくん、と万葉が跳ねる。かわいらしい反応に、また陽月の体は熱を増した。
 自分でもヤバイと思うくらい、彼女を要求している本能に、ちょっと驚きながら、彼女の髪を解いた。はらり、と解けた髪が肌とシーツに広がって、さらに黒さ際立つ。
「綺麗な髪だな」
「そう、かな」
「言われたことない?」
「……別に。容姿を褒められたことは、あまりないんです」
 勇二は万葉と付き合ってる間、どこを見ていたんだろう。そんなことまで腹立たしく思った。おそらく陽月のほうが、彼女の魅力をよく解ってるに違いない。
「こんな綺麗なのに、ひっつめにしてるなんて、もったいない」
「……っっ……」
 髪を撫でると、万葉がぴくん、と体を震わせた。そんな風に触れられたのは初めてで、まるで愛撫されたような感覚が体を走ったことに、戸惑う。
「万葉?」
「っせんせっ……髪……っ」
「どうかした?」
「ぁやっ……そんな風に、触らな……でっ」
「万葉は髪の毛が性感帯なんだ」
 くすくす囁かれて、万葉が赤 くなる。
「他にはどこがイイか、教えて?」
「っあっ……んっ」
 すぅ、と滑り落ちる指先に、甘い吐息が漏れた。
 まるで初めて触れられたかのように、心臓のドキドキが体中に広がって、力を奪っていく。
 触れる先から、際限なく熱くなる身体。陽月の指先はひんやりとしてるのに、万葉の肌を通して、身体の奥底の熱をどんどん煽って。
 こんな感覚は、初めてだ。
「んぅっ……はっ……くぅっんっっ……」
 どんどん艶を帯びていく声が、止められなくて……恥ずかしい。だけど、やめて欲しくなくて。
 貪欲になっていく身体を感じる。
「ぁっ……せんせっ……そこ、やぁっ……!」
「ここ?」
「だ、めぇっっ……って」
 きゅ、とすがりつく指先に彼女を見ると、潤んだ瞳で、切なそうに陽月を見上げていた。その瞳に、どきん、と心臓が跳ねる。……彼女に感じさせられる瞬間。
「万葉……もっと感じて……感じさせて」
 囁いて、熱く潤った彼女の中心に指を侵入させた。
「……ふぁっんっっ……んぁっ……ああっあっ」
「万葉、気持ちいい?」
「っはっ……っん……やぁっ……そ、んな、したらっ……」
「イく?」
 返事は、強く力が込められた指先だった。自分の腕にしがみつく万葉に、陽月はちょっと笑みを漏らして、彼女のナカに鎮めた指を、激しく動かした。
「っぁあああっ……せんせっ……もっ……」
「イッていいよ、万葉」
「あっあああっっんっっっ……!」
 キラキラと弾ける快楽の中へ、万葉は沈んだ。

 きし、とベッドの音がして、目を開けると、目の前に陽月の整った顔があった。
「大丈夫か?」
「……はい」
 彼の顔をそんな間近で見つめるのが、なんだか恥ずかしいような気がして、顔が熱くなる。そっとその頬に指先を触れると、大きな手で包み込まれた。
「……せんせい」
「陽月」
 陽月はちょっと顔をしかめて見せた。
「先生はやめてくれ。二人の時は、名前で呼んで欲しい」
「……陽月、さん」
「ん」
「陽月さん……好き」
 満足そうに、目が優しく細められる。
 陽月は、自分の名前を呼ぶ可愛らしい口唇に、キスをした。
「万葉……」
「んっ……」
「今度は俺も気持ちよくして……」
 ふわ、と頬を染めて目を伏せた彼女を確認して、これ以上ないくらい熱く感じる自分自身を、ゆっくり彼女の中に突き入れる。
「っっっぁあああっっっ……!」
「……ぁくっ……」
 ぎち、と隙間なく飲み込まれた感覚に、僅かに顔をしかめて、陽月はゆっくり動いた。
「ふぁっ……んんっ……や……やぁっっ」
 耳元で弾ける万葉の甘い声が、さらに体を熱くして、欲望が加速する。ぎゅ、と彼女を強く抱きしめた。
「ああっあっ……あっ……ひ、づきさっ……!」
「かず、はっ……」
 どくん、と世界が弾けた。

 週明け、勇二はいつものように大学に来て、友人達としゃべっていた。
 金曜から万葉と連絡を取れてないことも、渡してあった合い鍵を突き返されたことも、土曜のコンパが楽しかったので、特に気にしていなかった。今日彼女にあったら、ゆっくり話をすればいい。
「おはよう」
 とん、と肩を叩かれて振り返った勇二と、一緒にいた友人達は、息を呑んだ。
 にこり、と微笑んで立ち去ったのは、紛れもなく万葉だ。ただ、彼らの知っている……金曜の夜までの彼女では、なかったけれど。
「……今の、椿?」
「めっちゃいい女じゃんかちょっとっ!」
「勇二っ」
「……知らねぇよ」
 勇二は腹立たしそうに呟いた。
「あんな万葉、知らねぇってのっっ」
 ……勇二は万葉にフラれたことを、ようやく知った。

 そのままだとストレートの黒髪で重ったるい髪を、シャギーを入れてオレンジブラウンを少し入れた。
 メガネはコンタクトに変えて。
 今日の服は、明るいオレンジピンクのカットソーにアシンメトリー仕立てのスカート。
「……そんな、じろじろ見ないで」
 研究室に入ってから、ずっと万葉を見つめている陽月の視線に、万葉は頬を染めた。
「選んでくれたのは、陽月さんなのに」
「うん、そうなんだけど……ちょっと失敗だったかなぁって思って」
「おかしい?」
「そうじゃない。似合いすぎてるからさ」
 つ、と万葉に近づいて、抱き寄せる。
「他の男が、万葉を見る。明日から、いつもの服にしようか」
「……変なの」
 くすくす笑う万葉の口唇を、陽月はキスでふさいだ。


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桜利さま、このたびは相互リンクありがとうございました。
郁世×瑞穂を気に入ってくださってるとのことで、二人で何かお届けできたら…と思ったんですけど、
別のお話が浮かんだので。
気に入っていただけたら幸いです。

改めまして、これからもよろしくお願いします。

鹿室明樹拝

人物紹介☆保本 陽月(やすもと ひづき)…色彩心理学専任講師
        椿 万葉(つばき かずは)…大学院修士課程1年
        戸田 勇二(とだ ゆうじ)…大学院修士課程1年
        池田教授(いけだきょうじゅ)…万葉の指導教授(名前だけ)